埼玉県における絶滅危惧ⅠA類植物タタラカンガレイの発見について

2026年1月2日金曜日

タタラカンガレイ 絶滅危惧植物

t f B! P L

 今回は25年の夏頃に地元の休耕田で発見したタタラカンガレイについてのご紹介


タタラカンガレイとは



タタラカンガレイ(Schoenoplectiella mucronata var. tataranaはカヤツリグサ科ホソガタホタルイ属のカンガレイに近縁な、高さ50cm~80cmと腰丈以上に育つ抽水植物である。

和名のタタラは群馬県の多々良沼で発見・採集されたことに由来し、カンガレイは寒枯れイであり、その名は冬でも枯れながら茎部分が残るイグサを意味する。漢字を当てるなら"多々良寒枯藺"であろうか?

関東地方から東北地方にかけて広く分布するが、特に関東地方では急速に数を減らしており絶滅危惧種に指定されている地域が多い


本来氾濫原に育つ植物であるが、完全な自然状態よりも水田やため池など営為による定期的な撹拌がある場所に生えやすい、人の営みの傍にいる植物である

東北ではまだ普遍的に見られる一方で関東地方では絶滅危惧に陥っているのは、そのまま関東において田園やため池が減っていることを意味する



地域の歴史と開発の今



埋められる”土地の記憶”


我が地元には江戸時代に作られた出羽堀という名前の排水路がある。

地元を含む現在の加須市から草加市あたりまでの埼玉県東部地帯は荒川と利根川という大河川に挟まれた、それぞれの支流河川が縦横に走る氾濫源地帯であり、かつては大水が出やすく足を踏み出せば腰まで沈むような沼地が多い水はけの悪い地域であった。

これらの地域では開墾以前の稲作は泥沼に田舟と呼ばれる小舟や板を浮かべて稲を植える、沼に浸かりながら土を掘り上げて高い畝を作って稲作をする掘り上げ田(ほっつけ)など、米作りにも難儀していた

我が地元では天正十七年(1589年)頃に、当地を治めていた北条氏の郎党である会田氏(元々は信州の海野氏の一族であり、武田信玄との海野平の合戦により離散、武蔵の国に移った)の一族、会田出羽資久の指揮のもと地元の農民たちによって河川の整備と排水路が築かれ、沼沢地から水が抜かれ現在に続く田園地帯が開かれた。

後に元荒川を起点にして末田用水、八条用水等が築かれ出羽堀と接続し、岩槻、越谷、草加、八潮のあたりが現在まで続く乾田として新田開発された(銘菓草加せんべいはこの土地で作られる質の悪い米の利用法として考案された歴史がある)

排水路は会田出羽にちなみ出羽堀と名付けられ、出羽堀が通る地域は出羽地区としていまも土地の名前に残る。出羽地区は市内でも残り少なくなった田園が残る土地であるが、徐々に宅地化が進み出羽堀も暗渠化が進んでいるのが現状である

農家も担い手が少なくなり休耕田が目立つ。時代の流れとは思うが一度埋めた土地は田畑に戻すことは二度と出来ないことを思えば、休耕田を自然保全地域として維持していく道はないだろうかと考えたりもする


出会い

さて、そんなわけで一昨年まで出羽堀は三面護岸化、一部を暗渠化する工事が行われており、その工事のための資材置き場として出羽堀脇の休耕田が一時的に埋め立てられ、工事終了後に現状復帰としてもとの休耕田に戻された

それまでも休耕田としてヨシなどの抽水植物が茂っていた土地であるが、人工的に撹乱が行われたことでどのような植生になるのか、面白い草が生えてきたりしないか、前を通る度に楽しみに観察していた


戻された休耕田


トンボが訪れていた










夏頃には休耕田にはコナギやクワイ、イヌホタルイやタマガヤツリなどのカヤツリグサの仲間が茂ってきた。彼らはいわゆる水田雑草オールスターズである。

水田雑草は本来氾濫原で広く見られる植物であり、それぞれは目に鮮やかで美しくも思えるが、これらは稲作の邪魔者であり、一度入り込むと稲作に悪影響が大きいため水田では除草剤によって成長が抑制され、取り除かれている(休耕田には薬剤が撒かれないため茂り放題に茂るわけである)

そういう意味では考えようによっては貴重なものではあるかもしれないが、僕が見た限りでは特に希少な植物はないように思えた



とはいえ水田雑草が茂っている景色は古来日本中の水田で見られたはずのものであり、豊葦原瑞穂国の原風景でもあり、郷愁を誘うものであろう…ということでXにも投稿してみた。

結果的に昨年の僕のXの投稿で一番色々な人に見て頂けたのだが、やっぱりみんな田園風景や水田雑草が好きなんだよなぁ…と感じたり


発見へ


なんてのほほんと思っていたらコラムの連載をお願いしている4.04さんから連絡が来た


自分の観察眼では特に珍しいものはないと思っていた写真から、4.04さんが怪しい植物を見出したのである

タタラカンガレイは名前こそ知っているが姿を見たことがないので姿形に心当たりがなく、とりあえず追撮に行ってきた(といっても真夏で暑すぎて次に撮影に行ったのは2週間後であった)


手前のタマガヤツリの後ろが疑惑の草


この映り込みから違う草を発見する4.04さん一体何者なんだ…と思わなくもないが、知ってから見ると確かに怪しいのである。知るってすごい。


調べてみるとタタラカンガレイはその茎の構造に特徴があり、三角形の茎のそれぞれの頂点に逆三角形の構造が付くという非常に特徴的な構造があり、茎をカットして断面を見れば一目瞭然なのだそうだ

それは是非茎を採集してみないといけないな!と思ったものの、なにせ暑かったり雨で大増水して沈んだりと色々行かない理由をつけて秋まで見送ってしまった

そんなこんなで10月になりやっと気温も落ち着いて畔から観察するタイミングを得たので改めてサンプルの採集と写真撮影に行った


これが疑惑の草である

あらためてタタラカンガレイだと言われて見てみると、どうにもあっているようにしか見えない

畔から一本を引き抜き、自宅に持ち帰って観察してみた


全長は70cm程度、大きく頑丈な草体である

茎横断面 三角形の頂点に逆三角の構造

種子 隆起した皺、果実よりも長い棘

実物を観察してみれば一目瞭然でタタラカンガレイの特徴を備えていた

4.04さんにも改めて確認していただいたが、やはりタタラカンガレイで間違いないようである


埼玉県では絶滅一歩手前の絶滅危惧ⅠA類に分類される希少植物であるため、念の為市の環境政策課にも通報しておいたが、絶滅危惧種であっても私有地の場合は保全はできないとのことだった

せっかく撹乱されたことで埋土種子から目覚めた株であるのだし、土地の所有者に連絡して種子を集めるなりして積極的に保護するくらいのことはしてもよさそうなものであるが……


それにしても、あの数の植物の中からタタラカンガレイの存在と見抜いてしまう4.04さんの観察眼には舌を巻くというか脱帽である…素直に感心しきりである。



終わりに

冒頭でも触れたがタタラカンガレイは関東地方では絶滅危惧の希少な植物である一方で、東北地方ではまだ点在して見られる植物である

私はこれは単純に稲作が放棄され都市化が進み、生息地である水田やその接続地としての水辺や湿地が減っていることに起因していると考える


先日発表された英国ダービー大学の論文で、英国を含む先進国は「自然とのつながり」が低くなるという傾向が示されていたが、日本は調査対象の61カ国の中でスペインに次いで下から2番目であった

ここでいう「自然とのつながり」とは、個人と​​他の種との関係の親密さを測る心理学的概念である。「自然とのつながり」が高い人は幸福度が高く、環境に優しい行動をとる傾向が高いことが分かっているそうだ。
「自然とのつながり」の低さは、”不平等”や”個人の物質的利益の優先”と並んで、生物多様性喪失を促進する3つの主要な根本原因の一つとして特定されている。

「自然とのつながり」が高い国はネパールやイランなど、科学よりも信仰を重視する、より宗教的な社会や文化を持つ国が多く、社会における「スピリチュアリティ」の高さが自然との密接さを高める最も強い要素であるそうだ。

主筆のMiles Richardson氏は“We’ve become a more rational, economic and scientific society. That’s obviously brought some fantastic benefits but it’s how we balance them with the unforeseen problems,”(私たちはより合理的で経済的、そして科学的な社会になった。それは明らかに素晴らしい恩恵をもたらしたが、予期せぬ問題とどうバランスを取るかが問題である) 、 “How do we reintegrate natural thinking in our very technological world? It’s obviously very difficult to change cultures but it’s about mainstreaming the value of nature, making it integral to our wellbeing, so it becomes respected and almost sacred.”(テクノロジーが支配する現代社会において、自然観をいかに再統合していくか?文化を変えることは簡単なことではないが、重要なのは自然の価値を再認識し、私たちの幸福に不可欠なものとして位置づけることだ。そうすることで自然は尊重され、神聖な存在となるのである。)と述べている。


これは単純にスピリチュアルであるとか信仰心であるとかの問題ではなく、自然に触れ合って生活をしているかどうかの差であると僕は思う。

日本でも自然から糧を得る猟師、漁師や農家、また自然物を加工する職業に従事している人ほど験を担ぎ、自然への畏敬を持って生活をしている。
一方で我々都市生活者の多くは経済の循環によって自然の恩恵を得ながらも、畏敬の気持ちを肌感覚としては持てていないのではないだろうか?

現在日本で生じている様々な環境問題の多くは、経済的合理性を優先し、身近な自然を蔑ろにし消費し、臭いものには蓋をして距離をおいてきたことの積み重ねの上にあると言えるだろう

今回のタタラカンガレイの発見を通じて、そういうことを強く考えた。

皆さんも新年のこの時に、是非一度身近な自然を顧みて、その価値について考えてみて欲しい


(green)


参考文献


1."タタラカンガレイ".渡良瀬遊水地 植物の会.2020.https://www.ps-watarase.com/,(参照2026-01-02)

2.Patrick Barkham"Britain one of least ‘nature-connected’ nations in world – with Nepal the most".TheGuardian.2025.https://www.theguardian.com/environment/2025/nov/01/britain-one-of-least-nature-connected-nations-in-world-with-nepal-the-most?CMP=share_btn_url,(参照2026-01-02)

3.Miles Richardson(2025).「Macro-level determinants of nature connectedness: An exploratory analysis of 61 countries」『Ambio』,55,pp.80-100

Greenジャーナル過去記事一覧

このブログを検索

ブログ アーカイブ

ラベル

自己紹介

自分の写真
釣りが好きなオジサンです

QooQ