毎週金曜日夜のお楽しみGreenジャーナルvol.77 2026年7月3号の更新です
もう世間はすっかり夏ということで、夏っぽい画面にしたいものです
弊ジャーナルは情報の残らないこの時代に、何らか情報を残していくことは可能であろうか?という事を目的とした趣味のWeb連載です
読者様と水草や生き物との出会いや楽しみ、学びが広がる一助になれば幸いです
今週末注目のイベント
第三回 大阪植物宴(大阪市) 7月26日開催
大阪の園芸店Hanatsumugi greenさんが主催する植物即売会イベント「第三回 大阪植物宴」が大阪市長居公園内花と緑と自然の情報センターにて7月26日(日)に開催されます毎回かなり気合の入った出店者さんによる魅力的な植物が出品されるイベントになりますので、熱帯植物やジメジメ植物がお好きな方は是非!
暑い夏の熱いイベントになりそうですね!
【第三回 大阪植物宴🌿】
— Hanatsumugi🌿green (@87tsumugigreen) June 9, 2026
今年の2月に開催した際も大勢のお客様に
お越しいただきました植物宴🚩
今年2回目が開催できるという
嬉しいご案内をお届け致します🕊️
📅日程 : 2026 / 07 / 26 Sunday
📍場所:大阪市 長居公園内
花と緑と自然の情報センター
⏰時間:10時〜14時… pic.twitter.com/x3dUn6Ienv
神代植物公園(調布市)「食虫植物展」7月28日~8月9日まで開催!
神代植物公園の毎年恒例の夏のイベント「食虫植物展」が7月28日(火)から開催されます!今回の目玉は高地性の食虫植物やネペンテスの展示だそうです。期間中は食虫植物の即売会なども行われるそうなので、興味あるけどどこから手を付ければ分からない…といった方にはうってつけのイベントになっているのではないでしょうか!
また室内イベントなので冷房が効いているそうです…魅力的…!
今週の気になる情報
筑波実験植物園 世界最大級の花を持つコンニャク「ショクダイオオコンニャク」開花
筑波実験植物園で飼育されている、世界最大級の花をつける植物として知られるショクダイオオコンニャクの花序が立ち上がり話題になっています!育成blogもかなり面白いのでオススメですが、お好きな方はデッカいコンニャクを見に現地に足を運ばれてはいかがでしょうか?
見所の多い植物園ですので常設展示だけでも見応えがありますよ!
筑波実験植物園 水草展blogが面白い
さて、そんなショクダイオオコンニャクの展示でもおなじみの筑波実験植物園では8月7日(金)から「水草展」が開催されます今回は水辺を生きる多彩なかたちと銘打ち、様々な形態の植物の実物展示や進化の歴史などにも触れられるそうです
そんな水草展の関連blogがまた面白い!面白い水草目白押しで水草がお好きな方は是非ご一読をオススメします!
Oliver Rucanus氏のYoutubeチャンネル「Below Water」新カラシン特集第8弾公開中
ADAの小冊子NatureStyleでの写真連載でもおなじみのOliverRucanus氏のyoutubeチャンネルが更新されています
今回は以前から公開されている「カラシン特集」の第8回目で、様々な新種のカラシンが紹介されています。色とりどり、形も様々で奥深いカラシンの世界、魚好きならたまらない動画となっております!是非!
新着情報
今週はお休みですミズアオイ科の水草 ゾステレラ デュビア Heteranthera (旧Zosterella) dubiaがほぼ毎日のように咲いています。
これはもう、花モノと言っても過言ではないでしょう。
さて、ゾステレラほど水質・水温の適応幅が広い水草はそうそうないように思います。
軟水でも硬水でも生育可能で、なんと弱アルカリ性の環境でも生育可能です。
煮えるような外のタライでも大丈夫。
――
と書いているところで、ふと気になってきました。
水中に植物が適応するにあたり、制約になるのは通常、光合成のための二酸化炭素調達および、呼吸のための酸素調達です。しかし、本当にそうなのでしょうか?と。
「水草か水草でないか」を判定するときに、アクアリストの間では「水中に沈めてみて育つなら水草、育たないなら水草でない」というような方法が長らく取られてきました。(筆者の感覚が古いからかもしれません。)
この観点からいうと、水中に入れても動きが止まったままの植物(アンダーウォーターファイアーツリーなど)は水草ではない、と扱われそうですし、水中から脱出しようと高速で成長する植物(ウォーターマッシュルームなど)は、少なくとも冠水に対して対応可能な抽水植物としてのポテンシャルを持っている可能性があります。
しかし。
水草と呼ばざるを得ないような植物も、育つか育たないかはかなり条件次第です。
というより、不適切な環境では成長が停止したままになることは多く、あたかもアクアリストの言う「水草でない」ような挙動になってしまいます。
アクアリスト的に水草でないかどうか、は「その水槽で育つかどうか」でしかないので、正直あまり参考にはなりません。
水草じゃなさそうだけど水槽で育った、ならいいのですが、水槽で育たないから水草ではない、ということにはなりません。
それなら育成難種で知られるカワゴケソウなど、ほとんどの水槽では育てるのすら難しいから水草ではない、という話になったりするかもしれません。
さておき。
水面に向けて逃避するわけでもなく動かないこの状態は、水が引くまでの「待ち」の戦略なのだと捉えることができるものもあるかもしれません。しかし、どうにも「動かない」というより「動けない」状況であるという方が適切な状況もあるのではないかと思えてなりません。
さらに、CO2を添加していても水草の頂芽が詰まってしまい育たなくなる現象はよく経験されます。CO2の添加量を上げれば打破できるか?というとそうでもないこともあり、とくに硬水や高pHの水を使っている水槽では日常茶飯事です。
実際、水草が育たない現象はかなりありふれており、それらはしばしば、光合成以前の問題では?と思うのです。
まずおさらいとして、水中の水草は主に二酸化炭素(CO2)ユーザーであり、高pH下で卓越する重炭酸イオン(CO3)を使えるのは過去にもご紹介したヒルムシロ属やクロモなどの一部に限られます。(この重炭酸イオンを利用する水草は種数だけを見ると多いじゃないかというツッコミがよく入るのですが、重炭酸塩の利用は植物の200回以上におよぶ水中進出の歴史の中で、むしろマイナーな部類の適応です)
海の水草であるリュウキュウスガモのように、高pHが基本の海水中ですら、CO2に依存する種までいます(炭酸脱水酵素阻害すると光合成が落ちるから一応使ってるんだ!という話もありますが、そもそもpHを上げたり重炭酸塩のみ利用できるようにすると成長が止まったり枯死してしまうことが知られているので、CO2に依存しているという事実は変わらないでしょう)
となると、少なくとも水中において豊富な炭素源であるはずの重炭酸イオンを使うのは、わりと二の次の適応になるわけで…
だとすれば、炭素利用はもはや必ずしも第一の制限要因ではないのではないか、という疑念が出てきてしまいます。
すると結局また、水草とは何ぞや?という話に戻ってしまうのではないか。そう思うのです。
炭素以外の制約要因の候補として個人的に注目しているのは、やはりカルシウム(Ca)です。
根から吸収され師管による輸送が著しく少なく、おもに道管によって運ばれるはずのカルシウムが、水中では蒸散がないために輸送困難かつ、根圧に依存するために長距離では供給不足になる可能性があります。
根と葉の距離が極端に短い真の浮遊植物はかなり少ない分類群に限られ、底から数えて水草の伸びる長さはせいぜい数メートルにとどまることとも関係していそうです。
では水中から吸収すればよいのではないか、と考えるところですが、ここで根以外の器官が多量の金属イオンにさらされることに、陸上植物は対応しているのか?という疑問が生じてきます。
とくに茎頂分裂組織の細胞壁。陸上なら、カルシウムなどは本来むしろ不足気味なはずです。
これらの金属イオン溶液に常にさらされていることが植物にとってどのような影響を及ぼすのかは、水草の水中適応においてひとつの難題かもしれません。
ちなみに、頂芽詰まりはただのpH高すぎなのでは?という説も割とありうると思います。通常、頂芽での細胞壁の伸長は、プロトンポンプにより細胞壁周囲のpHを能動的に下げることにより壁を緩めながら伸ばしていきます。
これが常時高pHであったり、緩衝能が高くpHが局所的にも下げられなかったり、光合成により頂芽付近のCO2の消費によりpHが上がった際の適応もまた、水中では課題になってくるでしょう。
他の肥料不足等もよく話題にされますが…まずは沈めた本来なら水草であるべき種の頂芽が1ミリも動かないまま枯れていく”溺れる水草“現象についていえば、肥料云々はそれ以前の問題だと思います。
さて、こうした制約が様々あると思われる中でも、育つ水草はいます。
高pH, 高緩衝性の水中でも伸ばせる細胞壁や、高Caに常時晒される環境でも制御可能なペクチンなど、物質工学的な面から水草には面白いところがまだまだ出てくると思います。
サトイモ科の水草、たとえばクリプトコリネなどがなぜか硬水に強い種を多く含む現象などには、何か理由があるのではと思いますし、形態の自由度をも左右しているのかもしれません。
アクアリウムでは常識となっている放っておくとサトイモ科とシダ植物のいわゆる“陰性水草”が優占してくる現象には、単純な遷移ではない何かが隠れているはずで、非常に興味深いテーマです。
今回は予想とかの話ばかりしてしまい、結局何か学びのあることはないのですが、そういう視点から見てみると面白いかもしれないよ?という紹介でした。
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で、ゾステレラ。君pH5から9近くまで育つけど、一体どうなってるんだ。
(文字ばっかりですが)
著者プロフィール
| 4.04 |
水草blog「水草オタクの水草がたり.」連載
今まさに失われつつある水草のある景色を求め、日夜フィールドを彷徨い記録している
"いつまでもあると思っていた。
ようやく手が届く、そう思ったとき、もう何もなかった。
空虚と無念と後悔は、記憶と合して憧憬を生む。その先が過去なのか、未来なのかは、もはや朧げで。
ただ私を引き込んでいく。もっと知れと。
ここを翌年訪れた時、もう水草はなかった。しかしいまでも夢に出てくる。"
表紙
に何人通るのかという山道の外れに良い細流を見つけ、思わず撮影。
赤土が堆積しつつ水の透明度も損なわれていません。両岸の植物は旺盛に繁りながらも水場への視線を妨げておらず、非常に絵になる細流でした。
レイアウトの参考にしようとフィールドへ通う事もありますが、実際に見ると無作為の美しさを人の手で作る事の難しさを思い知らされますね。
今回お写真をXで拝見し、一目で心を掴まれてしまいました
思わず表紙に写真貸して下さいとお願いしました…でぃあさん快く許可を頂きありがとうございます
清涼感もあるし夏らしいし最高じゃないですか…?作為のない美しさって本当に良いものですよね…
Learn from natureです
(green)
自宅田園ビオトープを作ろう2026
丁度停滞期なのか特に大きな変化はありません。なんとなく水が濁りやすくなってきている気がする…かも?さて、先日心の中のハリガネムシに誘われて近所の水辺に魚掬いに行ってきました
| 地元の友達シラサギ |
魚を掬いに行こうと思い立ってまず気が付いたのはマトモな手網が一本も手元にないという事実…
釣り用のタモならあるんですが、小魚を掬う用の網がない…あんなに魚掬い好きだったのにね…
そんなわけでセリアで100円の網を買ってきました。どうせすぐ壊れると思うけど…
| こういう所見るとキュンキュンしちゃうよね |
とりゃっと掬ってみると…
強度に不安はありつつ用水路の中に落ちている雑草ごと掬ってみると…
| おっ…! |
| メダカちゃん |
久々の地元メダカです。まだ元気にしているようで嬉しいです
| なんかエビ(ヌマエビじゃないかと教えて頂きました) |
| 多分ドジョウ |
| 多分タモロコ |
| 多分在来ドジョウ…のような? |
| シラサギの好物、農家の敵 |
広めのホソはサギが入り込めるのでアメリカザリガニはあまり見かけませんでしたが、細目のホソはザリガニだらけでした
ザリガニ密度の高い場所は植物を含めてザリガニ以外の生き物の気配が無く、やはり環境改変力が甚大な生き物だなぁと子供の頃には感じなかったことを思ったりしました
そんなこんなで小一時間遊んで暑くなってきたので帰宅しました
やっぱり魚掬いしてると時間を忘れてしまいますね…楽しいです
網は伸縮5回目で壊れました…多分留め金が一本欠けてるだけっぽいど直せるかなこれ…
友人の祖父は大農家の長男であり、若い頃は寝ても覚めても田んぼや畑と泥まみれで格闘していたそうだ
魚掬いをやりたい人は、近所の釣具屋に行くとまあまあ遊べるタモが1000円くらいで売ってるのでそういうのを買いましょうね…(デカくてかさばるけど
PostScript
”池魚思故淵”
僕の両親が僕の地元であるこの土地に越してきたのはかれこれ半世紀近く前になる
越してきた当時は小さな新興の住宅街であり、僕が生まれた頃、我が家の周りは田んぼに囲まれていたそうだ
当時は家よりも田んぼの方が多く、毎夜カエルの大合唱、一度雨が降れば朝は道路に夥しい数のザリガニが居たという
僕が物心ついた頃には家を囲む程ではないにしてもまだ通学路には田んぼがあり、僕の母校である小学校の周辺は地元の農家の方々が長い間子ども達に自然に親しませるために稲作を続けてこられた(もちろん生産緑地地区だったのもあるが)
そんな周囲にあった田んぼは町の発展に伴い徐々に宅地へと変わり、今では母校の小学校の斜向かいに一面が残るのみになってしまった
その最後に残った田んぼのさらに斜向かいにあるのが今回写真を撮った休耕田である
この休耕田は僕の旧友である地元の大農家の持ち物である
僕は子どもの頃からこの旧友の祖父に土地の話を聞くのが好きで、家に遊びに行っては友人そっちのけでお爺さんに構ってもらっていたものだ
その巨大な邸宅には横幅2m超の巨大なステンレス枠水槽が設置されており、友人の祖父が各地に出かけて投網で獲ってきた魚が色々と飼われていた
今にして思えば、僕のアクアリウムの原点はその大水槽だったのかもしれない
友人の祖父は大農家の長男であり、若い頃は寝ても覚めても田んぼや畑と泥まみれで格闘していたそうだ
僕の地元の田んぼは足を踏み入れると深く沈む泥田が多いが、若かりしお爺さん(を初めとした地元の農家有志達)が排水路を整備して耕作しやすい土地に改良していった話や、安行にハーレーで桜の苗木を買いに行って今でも残る桜並木を作った話、牛自慢で一番になった話など色々と昔話を教えてもらった
特に印象に残っているのは牛の話で、お爺さんが若かりし頃、家の広い庭には牛小屋があり、そこで牛を飼い大層可愛がり大事にしていたそうだ
今でこそ地元で牛を見る機会は無くなったが、僕が小学生の頃はまだギリギリ牛を飼っている家があり、小学校の社会科見学で牛を見学しに行った記憶がある
郷土史の資料などで日本の戦前の写真を見ると、人の営みと牛との距離の近さに驚くことがある。文字通り人馬一体となって(牛だけど)農地を耕す写真もよく見るが、友人の祖父もそんな農家の一人だったわけだ
今で言えばトラクターの役割を牛が担っていたわけだが、農家にとっては牛は耕運機であり、大切な家族であり、可愛いペットであり、自慢の愛車でもあったのだと思う
友人の祖父は牛と共に畑を耕して泥だらけになった後、家の裏手の土手を上り、川に降りて水浴びをしながら牛を磨き上げたそうだ
子供の頃、そんな農村の話を聞いて、夕暮れの川の浅瀬で牛と一緒に水浴びをして磨いてやる様を想像して何か震えるような気持ちを感じたのを思い出す
先人達が毎日手で耕して小石を弾いた畑はどこからか持ってきた基礎の砂利で埋められ家が立ち、有志が集って作った用水路はコンクリートの蓋がされ暗渠となり、田んぼは埋め立てられてアパートになった
それは人々の思い出や土地の記憶を埋めるような手触りがある
開発された土地を元の農地に戻し、また米や野菜を収穫できるまでに戻すにはどれだけの手間や時間がかかるのだろうか、僕には想像もつかない
僕が生まれた頃、我が家の周りは田んぼに囲まれていたそうだ
今、地元に残された最後の田んぼに稲が青々と茂る
(green)






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